映画「平成狸合戦ぽんぽこ」| 登場人物が多い作品は難しい

映画「平成狸合戦ぽんぽこ」| 登場人物が多い作品は難しい

金曜ロードショーで「平成狸合戦ぽんぽこ」やっていたので見た。

が、あまりに難しく途中でギブアップ。

前半1時間でやめてしまったがその原因について考えてみる。

 

 

目次

 

 

 

登場人物が多い

一番気になったのはここだろう。

初っ端から登場人物が多い。

しかもみんな狸だ。

 

 

一応、服装で多少の変化をつけてはいるが、変身するし、変装するし。

誰が誰だか。。。

 

途中、ある程度絞られるのかな?

と思いきや長老や隣の国の偉いタヌキが出てきてまた混乱。

 

基本的には誰か主人公が1人ないしは2人ぐらい登場する。

その主人公に感情移入して

その主人公が見たもの感じたものを一緒に味わい

ときに苦労し

ときに喜び

成長し

難題をクリアしていく。

 

そのはずが、登場人物が多く色んな考え、色んな視点が入るから大変。

誰を応援していいのやらわからない。

 

 

目的が不明確

もう一つ大事な要素。

この主人公は何を成し遂げるために行動しているのか?

 

だいたいの映画が、冒頭の10分~15分で問題が起きる。

 

もののけ姫であれば

腕が呪われたアシタカがそれを治す旅に出る

 

とか

 

天空の城ラピュタであれば

バズーが天空の城を探しに旅に出る

 

とか

 

目的に向かって行動しているから応援しやすい。

 

が、ぽんぽこはそうでもない。

環境問題をテーマにしているようでもあるがどちらかというと人間を困らせることがメインになってるような描写が多い。

 

とにかく変身して人間を驚かせる。

行動がメインになっているので、やってみたもののさあ次はどうしよう。

 

という感じの繰り返し。

 

みていて、「???」となってしまった。

 

 

vs 人間

タヌキの生存地域を人間が宅地用に開発するというテーマでスタートするこの映画。

タヌキ側を主人公としているので人間が悪く描かれる。

開発を止めるために冒頭から人間を2人殺してしまう。

 

人間が行っていることを手放しで喜ぶわけにはいかないが、

かと言って殺す必要もないだろう。

 

冒頭の過激なシーンにかなり幻滅。

 

大きな権力に立ち向かう弱い立場というのは応援されやすい。

物語としても使いやすい。

がしかし程度を考える必要があるわけで。

 

タヌキ側を純粋に応援しにくくなってしまった。

 

まとめ

映画、漫画、小説などコンテンツを作るうえではこの逆をやる必要があるのだろう。

 

登場人物はなるべく少なく

冒頭の事件(課題)からゴールを明確にし

感情移入しやすい状況を作る。

 

 

設定がシンプルなほうが広く利用されるのはゲームの世界も同じ。

テトリスやぷよぷよ

もっとさかのぼればトランプやオセロなんかが世代を超えて受け入れられるのも

設定がシンプルで誰でもすぐ取り組みやすいから。

 

長く作り手の立場にたっているとついつい

凝った内容にしないとウケないのではないか?と思いがちだが

シンプルで分かりやすいものが受け入れられると思い、

このブログに関しても最善の配慮をしていきたい次第。